タイトルにある「ザリガニの鳴くところ」は作中にもよく出てくる言葉だ。ザリガニの鳴き声と聞いても思い浮かばないし、もちろん鳴き声を聞いたこともない。
意味は「生き物たちが自然のままの姿で生きている場所」。そう聞くと、人間のあずかり知らないところでは、ザリガニたちもひそひそと鳴いているのかもしれないという気がしてくる。小説の舞台は小さな町に隣接した広い湿地で、多くの生き物が自然のままの姿で生きている様子も描かれている。
人物について触れよう。主人公のカイアは母に置いていかれ、自然を母として成長してきた。彼女が見せる行動は、人間社会に生きる者からすると奇妙に見えるが、それは自然の摂理に適ったものだ。そう考えると人間社会というのは、その他多くの種から見れば奇妙な世界なのかもしれない。
著者ディーリア・オーエンズは動物行動学の博士号を取得した野生生物学者であり、長年の調査研究では多くの野生生物たちの営みを見守ってきた。彼女の書く文章は自然への敬愛に溢れている。
本の分厚さや、翻訳本ということで顔を顰める人もいるかもしれない。しかし、文体も読みやすく、物語はミステリーの要素も含んで展開していくのでページは自然と進んでいく。本を開けば広大な自然が待っている。